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「埴谷VS吉本論争」について
◼︎右:埴谷雄高氏 左:吉本隆明氏 『意識 革命 宇宙 埴谷雄高・吉本隆明対談』より 河出書房新社/ 写真:編集部撮影(明記なし) 1975年初版発行 戦後を代表する「両巨頭」の論争 埴谷雄高さんと吉本隆明さんのことについて、私はお二人にお会いした時のことも含め、これまでブログ記事を書いてきました。 埴谷雄高さんは、共産党入党の経歴の持ち主で、60年安保世代にとっては「神様のような存在」といわれた人物。一方、吉本隆明さんは共産党などの左翼勢力とは一線を画す意図で、「独立左翼」を自称し、全学連のシンパ、理論的支柱の一人と目された人物です。 世間的にいえば、左翼側陣営にいると見られていたお二方です。まさに、戦後の思想界、文学界を代表する論客であり、「両巨頭」でした。年齢的にいえば、埴谷雄高さんのほうが歳上です。その意味では、埴谷雄高さんのほうが吉本隆明さんに比べ、先輩ということになりますが、お二人とも、相手を理解し、尊敬し合う間柄でした。 お二人は、もちろん、お互いに面識、交友がおありになり、対談本なども出しておられる
Nobukazu Tajika
2024年6月21日読了時間: 68分


埴谷雄高さんのこと
◼︎埴谷雄高氏 『意識 革命 宇宙 埴谷雄高・吉本隆明対談』より 河出書房新社/ 編集部撮影 1975年初版発行 「井の頭公園」近くの埴谷宅と 珈琲店「モカ」 東京都武蔵野市吉祥寺にある埴谷雄高(はにや・ゆたか)さんのご自宅をお訪ねしたのは、私が20代後半の頃です。なにしろ40年以上も前のことなので、記憶が曖昧(あいまい)なため、埴谷さんのご自宅がどこにあったのか、正確には覚えていませんが、確か、吉祥寺駅の東側、「井の頭公園」の近くにお住まいだったと思います。 平屋建ての家屋。想像していたよりも、どちらかといえば、こじんまりとした、簡素な感じのご自宅でした。「埴谷雄高」というペンネームと、「般若豊(はんにゃ・ゆたか)」というご本名の、二つの表札が掛かっていたように記憶しています。 ちなみに、「井の頭公園」の近くには、自家焙煎(ばいせん)の珈琲店「モカ」という、マニアの間では非常に有名な店がありました。店主の名前は、標交紀(しめぎ・ゆきとし)さんといい、共に俳優志望
Nobukazu Tajika
2024年6月21日読了時間: 38分
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